2014年06月23日

海外留学

学科で会う人や学内のサークルで一緒の人はもう知っていると思いますが、私の今後について書いておきます。

私ばっふぁは、2014年夏からアメリカのカリフォルニア州にあるUC Berkeleyに留学することになりました。進学する大学院はSchool of Informationで、2年間の修士課程です。

向こうでは、情報技術とその社会応用について学びます。School of Informationは比較的新しい学際的な専攻です。技術的なことを扱う部分が半分程度で、残りは組織の中での情報技術の活用についてや、情報技術と社会や経済の関係について扱っています。

ちなみに、アメリカの修士課程は博士過程まで行くか否かで大きく異なり、私のように博士に行かない場合、修士論文は書きません。カリキュラムとしては、ディスカッションや演習を多く取り入れた授業が多々あり、最後には実際にプロダクトを開発するプロジェクト演習があります。なお、アメリカの大学院はとにかくハードスケジュールで、毎週のように課題を課されます。


アメリカ合衆国



サンフランシスコ近郊


書き込みがかなり雑ですが、Berkeleyの位置を地図で示しておきます(クリックで拡大)。San Franciscoの近くで、少し離れたところにはIT産業の聖地とも言えるSilicon Valleyがあります。Stanford大学と並び、BerkeleyはSilicon Valleyの企業と密接な関わりをもっています。

あと、このあたりは夏は涼しく、冬は暖かい気候で知られています。(最高気温/最低気温で言えば、1月は14℃/7℃、7月は21℃/13℃)気候だけで言えば、東京なんかよりもずっと快適です。

住まいですが、とりあえず最初の1年はキャンパス内の寮に住むことにしました。International Houseという留学生が多く住む寮で、国際交流を売りにしています。一人部屋か二人部屋か選べるのですが、見知らぬ外国人といきなり同室で暮らすのはちょっとしんどいので一人部屋にしました。あと、寮は食事付きです。

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さて、そもそもなぜ留学しようと思ったのでしょうか。これはいろいろ複雑で、理由は一つではないです。それに、留学すれば多くのことが得られると考えていますが、具体的に何を得るのか分かっている部分と分かっていない部分があるのも事実です。

まずは情報技術の勉強をする上で、アメリカの西海岸は絶好の場所だということです。前述のように、BerkeleyやStanfordは産業と密接な関わりをもっていますし、日本よりも実践的なことを学べます。

しかしそれ以上の理由として、日本の外の世界を知りたいというのが大きいと思います。レベルの高低は多少はあると思いますが、正直たいていの学問分野は日本でも勉強できると思っています。一方で、海外の社会の仕組みや文化や人々の価値観といったものは、日本の外に出て初めて分かるものだと思います。特に、アメリカの西海岸は世界中から人が集まっているので、多くの異文化交流ができると思います。

そして、最終的には外の世界を知ることを通じて、日本を見つめ直したいということがあります。よく「欧米では〜」と日本に文句をつけるばかりの人がいますが、私はこの国のことがけっこう好きです。海外で合計6年間暮らしたことがありますが、やっぱり日本は平和ですし便利ですしそれなりに快適なんじゃないかと思っています。もし、一生を日本の中で過ごすんだとしても、それはそれでいいんじゃないかと。

一方で、日本は良い意味でも悪い意味でもかなり特殊な社会だと思います。日本企業の仕組み、日本人の働き方、教育のあり方などなどは相当特異なものがあると思います。それらがうまく回っているうちはいいのですが、そうでもなくなっているのが今日この頃なのではないでしょうか。

そういうこともあって、日本の外を見てみたいと思ったのです。

留学を考えるようになったきっかけは、大学3年の夏に学科で行った海外研修でした。これはシステム創成学科の希望者が、1週間ほどアメリカの西海岸を見学しに行くものでした。BerkeleyやStanford大学を見学したり、GoogleやTwitterの本社を見たり、その他にも日本とは大きく違う日常風景を見て、とてもワクワクする体験でした。

その時に、ふと「ここに住んでみたいな」と思ったわけです。

私も優柔不断で臆病な人間なので、私一人ではこんなぶっ飛んだ決断はできなかったと思います。けっこう両親に背中を押されました。

もともと両親は私が大学1・2年生の頃から留学を勧めてきました。しかし、その頃の私は日本での暮らし、東大での暮らしに満足していたので、わざわざ留学する気はなかったです。前述のように海外での生活の経験もありますが、いい思い出ばかりではなかったので、海外というものに対していいイメージばかりを持っていたわけではなかったです。

しかし、海外研修でアメリカの西海岸を見て、考えががらりと変わりました。日本では味わえない楽しそうな場所だと思ったのです。そして、両親の後押しもあり、私は留学することを決めたのです。

ちなみに、海外研修での様子は本ブログの過去記事にも書かれています。
『海外研修-1』 http://sterling-buffer.sblo.jp/article/48160699.html
『海外研修-2』 http://sterling-buffer.sblo.jp/article/48204926.html

本当はこれらの連載は途中で、『海外研修-3』があるはずだったのですが、いろいろ忙しくしているうちに書く機会を逃してしまいました。

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当分の間、皆さんとは会えなくなります。これを機にサークルを辞めたり、バイト先の会社を退職したりと別れもあって少し寂しいのですが、ネット上ではつながりを保つことはできると思っています。

なお、私の大学生活や同人活動をまとめたこのブログですが、あと1本ほど総括記事を書いて閉鎖しようと思っています。その代わり、新たなブログを立ち上げて向こうでの様子を書こうと考えています。
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2014年05月26日

五月祭でのまるきゅうProject

さて、5/17(土)・18(日)に開催された五月祭についてまとめます。
(写真はクリックで拡大、集合写真は顔が特定できないように解像度を低くしてあります)


まるきゅう集合写真
まるきゅうの集合写真(写真はまっつー氏より)


今回の五月祭はなんとまるきゅうProjectで踊りました!実に3年ぶりの復活です。

まるきゅうProjectは2010年の五月祭が初回で、それ以降毎回の五月祭・駒場際で公演を行ってきました。今回で9回目の公演となります。私は初回から3回踊った後、コミアカにスタッフとして本格的に関わるようになり、それ以降も卒業研究が忙しかったりして長らくパフォーマンスには参加していませんでした。一方で、まるきゅうを引退したわけでは必ずしもなく、コミアカ部門の方に関わったり、裏方として撮影係をやったりしていました。

そんな風に関わりをもち続けていましたが、去年の駒場祭ではまるきゅうの喫茶店にかなり深く関わりました。まるきゅう喫茶は毎回の駒場祭でやっており、去年ので4回目になります。当初、デザイン経験があるので装飾を手伝うと参加したところ、気付いたら装飾責任者ぽい立場になっていました。たぶんそれまでの休止期間の中では、一番まるきゅうに密接に関わったと思います。そして、去年の駒場祭でまるきゅうの素晴らしさを再実感した私は、独特の高揚感が漂う駒場祭の打ち上げで五月祭に参戦することを表明したのでした。

過去3回踊っていたときは、東方Projectの諏訪子のコスプレをしていました。しかし、私が去った後、諏訪子の中の人が転々とした後、第4代目のじょーたそで固定されてしまったので、私は別のキャラを探すことになります。もともとまるきゅうに入ったとき、諏訪子をやるかリグルをやるか考えていたので、今回はリグルをやることしました。リグルも東方のキャラクターです。知らない人のために、リグルのイメージ図を下に貼っておきます(pixivより)。



東方は登場人物のほとんどが女の子ですが、ごく一部性別に諸説があるキャラがいます。東方では数少ないズボンキャラのリグルもそのうちの一人で、少女として描かれる場合もあれば、男の子として描かれる場合もあります。そういう中性的な子、好きです。

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少々、経緯が長くなってしまいました。

今回踊ったのは、毎度おなじみのさんすう教室も含めて以下の5曲です。

・もってけ!セーラーふく
・LOVEドッきゅん
・究極焼肉レストラン!お燐の地獄亭!
・博霊神社町内会音頭
・チルノのパーフェクトさんすう教室

上記のうち、焼肉亭だけが土曜のみの曲で、残りは両日とも披露されました。まるきゅうは実は東方曲が少ないという声も聞かれますが、なんだかんだで東方曲はきちんとあります。

練習は五月祭1ヶ月ほど前から始めました。多くの人がそんな感じだと思いますが、本格的な曲はそれよりもはるか前から練習をしています。まったりやる曲は4月の段階でも新規参入歓迎というスタンスでしたが、曲によっては2月上旬の段階で募集を打ち切っていました。今回私が踊った曲は、ゆるふわな曲が多いです。もう少し本格的に踊ってみたかった気もしますが、キャパ的にこんなものでしょう。

霊夢や魔理沙、チルノといった東方の主要キャラクター達と違って、リグルはあまりメジャーなキャラとは言えません。永夜抄の1面ボスで、自機でも後半に出てくるボスでもなく、ストーリー展開の上でも重要というわけではありません。にも関わらず、リグルはルーミア、ミスティアとともにチルノの愉快な仲間たちとして描かれることが多く、チルノを含めたその4人はバカルテットと呼ばれています。下の作品はバカルテットのイメージ図です(pixivより)。



そういうこともあって、今回はなんだかんだ出番は多かったと思います。焼肉亭では主役の地霊殿キャラ達に次いで出番のあるバカルテットでしたし、何より最後のさんすう教室ではとても重要な位置を占めていました。とは言ってもチルノとは違い、バカルテットの残り3人は「忙しい脇役」といった感じでした。

本番は天候に恵まれました。かつて五月祭は雨が降ってばかりいたのですが、最近、開催日が1週間ずれてからは基本的に晴れている気がします。いつも通り、大勢の観客で賑わい、一緒に盛り上げてくださりました。


パフォーマンスの様子
パフォーマンスの様子(写真はまっつー氏より)


パフォーマンスは、「もってけ!セーラーふく」で使う黄色のぽんぽんが足りなくなったり(私は片手だけ持って踊っていた)、振りを間違えたりがありました。特に、パフォーマンスの最後を飾る1日目のさんすう教室の途中では、音源が突然止まってしまいました。寸劇でリグルをやっている身としては本当に焦る話で、私は思わず小声で「うそ...」って呟いてしまいましたが、「がんばれ!」と叫んでくださった観客もいて、10〜20秒後には復旧しました。このように、万全とは言えない部分もありましたが、観客と一体となって盛り上がれ、全体として見ればよかったと思っています。

ちなみに聞いた話だと、ここ数回の学祭に関して言えば、全ての日で音楽が停止せずにまるきゅうの公演をやり遂げた学祭はないそうで、いつも何らかの音響トラブルに見舞われているそうです。

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さて、まるきゅうはコミックアカデミー(以下、コミアカ)にも出展しています。コミアカは東大生によって運営されている同人即売会のことで、簡単に言えば、学祭でミニ・コミケをやろうというイベントです。大学内の学内サークルや個人のクリエイターが出展しています。

まるきゅうもコミアカにサークル参加するのは今回で7回目です。いつも、まるきゅうの内部の人が描いたイラスト、漫画、短編小説、記事などをまとめた合同誌を出している他、缶バッジ、ポスター、クリアファイルといったグッズを販売しています。


コミアカに出展するまるきゅう
コミアカに出展するまるきゅう


そして、前回からはうえしゅん主導で「メガパ」という部門ができました。「メガパ」が何の略かはまるきゅう内部でも分かっていない人が多いのですが、詳しくはうえしゅんのブログを参照 → http://ueshun.com/project/megapa

メガパでは、せっかくまるきゅうが多様な専門分野の人が大勢集まっていることを活かし、各人が専門分野あるいは得意なことに関して高校生にも分かるように記事を書き、それらを一冊の本にまとめています。メガパもコミアカで作品を販売していますが、一応内部ではコミアカ部門とは別部門ということになっています。ややこしいですね。

今回のメガパ合同誌も、各人の受験生時代を振り返ったアンケートといった企画ものから、東方の舞台である幻想郷の科学的考察、極めて専門的な数学の一分野である圏論の解説、黒子のバスケを題材にした刑法の考察、まるきゅう本公演のダンス配置を遺伝的アルゴリズムで決定するなど、読み応えのある記事が集まっています。

ちなみに私は、東大の推薦入試について考察記事を書きました。東大は2016年度入試から後期試験を廃止し、その代わりとして推薦入試を導入することを発表し、学内を騒がせました。今回のメガパ記事では推薦入試について特集が組まれ、私ともう一人が記事を執筆しました。

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まとめると、充実した五月祭だったと思います。これまでも裏方として、まるきゅうとの関わりは保ち続けてきましたが、パフォーマンスに参加した今回はダンスの練習などを通じてまるきゅうの人と密接に関わることができました。これまでなんとなくしか知らなかった人とも仲良くなれたと思います。

一方で、昔にはなかった課題も浮かび上がってきました。かつては学年が近い人たちで集まった有志団体だったまるきゅうも、今では有志団体という形式は保ちながらも、学内サークル的な色彩が強くなっています。初期にいたメンバーが院生になっていく中、新たに駒場の1・2年生も入ってきており、学年によるギャップのようなものが見えてきます。後輩たちにいかにいろいろ継承するか考えなくてはいけなくなってきました。

いずれにしても、よい思い出になりました。私にとって、今回が最後の学祭だったのですが、満足できたと思います。まるきゅうの皆さん、観客の皆さん、本当にありがとうございました!
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2014年04月10日

23歳で迎えた声変わり - 続編

さて、しばらく前に書いた私の声の異変に関する記事の続編です。

前回の記事の要点だけ書くと、ここ1年で自分の声が大きく変化していて、それは周囲の人からも言われます。もともと私の声は極めて特徴的な高音だったわけですが、最近では高音が出しづらくなり、かつ低音が出しやすくなり、結果として声が大幅に低くなりました。ですが、この年齢になって変声期を迎えることは考えづらく、何か声帯に異常が生じているのではないかと指摘されたわけです。ネットで調べてみると、声帯ポリープや声帯結節が生じることで声に異変が起きることがあるそうです。
(前回の記事の全文はこちら

ということで、4月1日に病院に行き検査を受けてきました。喉の異変は耳鼻咽喉科が診てもらえます。鼻の穴の中に簡単に霧状の麻酔をかけた上で、鼻からファイバースコープを入れ声帯の様子を見る検査でした。痛かったり苦しかったりするわけではないのですが、鼻から異物を入れられるのは何ともいえない気持ち悪さがあります。

結論を言えば、声帯自体に特に異常は発見されませんでした。


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万が一、悪性腫瘍でも発見されたらどうしようとも頭をよぎっていたところだったので、よかったと言えばよかったのですが、謎は残ります。なぜこの期に及んで声が変わるのか...?

これは診てもらった病院の先生が言っていて、かつネットにも書いてあることなのですが、変声障害というものが存在します。普通、男子は思春期に変声期を迎えて声が大きく変化し、一時的に声が不安定な状態になりつつも変声期を終えると成人男性の声になるわけですが、まれにこの変化がうまく進まない場合があります。例えば、変化した自分の低音に違和感を感じ適合できない場合、無意識のうちに裏声のような声で話す習慣がついてしまう場合があるそうです。

遷延性声変というキーワードで検索してみると、「話し中に、低い地声と高い裏声が交互に入り混じり、それが1年以上数年間続きます」と出てきます。それ、まさに私じゃないですか...

変声障害にはいろいろな要因があるようですが、声帯の異常だけでなく発声法の問題である場合も多いようです。その場合、治療としては言語聴覚士による発声法の矯正、ボイストレーニングを行います。

確かに、低音に対する違和感というのは分からなくもないです。私の声は高音と低音が入り混じっており、もちろん自分の高音が極めて特異であることは承知していますし、自分でも嫌悪さえしていますが、一方で低音部分はどこか自分の声ではないような気がしていました。

そして、最近以前と発声法が変わったという自覚もあります。以前の記事でも少し書きましたが、かつては喉から声を出すような感じでしたが、最近は胸から声を出しているような感じです。

しかし、ここ1年の大きな変化は、発声法の変化だけではないと思っています。明らかに自分にとって出しやすい声の音域が変わったからです。もちろんこの年齢になって、思春期ほど大きく声帯は変化しませんが、やはり何らかの理由で声帯も少し変化した気がします。一般的な変声期でも、急激な声帯の変化に応じて発声法が変化するそうですが、私の場合は声帯の少しの変化が発声法の変化につながり、結果としてアウトプットの大きな変化が起こったと考えています。


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先ほどの言語聴覚士による治療の話では、誤った発声法を直すことで、正しい声の出し方ができるようになるということです。これで言えば、以前の私は無意識のうちに誤った発声法をしていたが、なぜかここにきて正しい発声法を身につけたため、普通の声が出せるようになったということになります。

ところが、そうとも言い切れない部分があります。確かに最近の私は「普通」の声を出せるようになり、社会生活的にはとても助かっています。しかし、どうも今の低音は自分にとって一番無理のない声というわけではないようです。以前に比べて喉にかかる負担が大きい気がしますし、喉が痛くなったり声が枯れたりしやすくなりました。

つい先日も駒場の新勧活動を手伝ってきたのですが、大声で勧誘していたわけでも一日中ひたすら発話していたわけでもなく、時々新入生や知り合いと話す程度だったのですが、一日の終わりには喉が痛くなってきました。その他にも、大学院では研究構想発表会というものがあって、ブースがいくつか設けられた中、新修士1年に向けて自分の研究を簡単に説明するのですが、そこでも発表や質疑応答で40分くらい話し続けたあたりからかなり喉が苦しくなってきました。

最近の低音は7〜8割くらいは無意識ですが、2〜3割は意識的に声の高さを抑えている部分があります。そして、その低音は自分に一番適した声ではないのかもしれないのです。かといって、最近ではかつての高音も出しづらくなり、むしろ意識しないと高音で話せなくなりました。

まとめると、外から聴いている分には自然な声を出せるようになり万事解決のように見えますが、実際のところ声帯が不安定な状態になっています。それも含めて遅れた変声期なのでしょうか...



※ 一応念のため断っておきます。「変声障害」まではある程度出てくるキーワードですが、「遷延性声変」までなってくるとこのネット時代といえどもあまりページが出てきません。何が言いたいかというと、そういうキーワードで私の記事にたどり着く人がいないとも言い切れないのですが、きちんと信頼できる情報源を調べてください。これは変声障害に限った話ではなく医療全般に言える話ですが、今回調べものをして思ったのは、ネットの情報は専門的な話になると思っているほどあてになりません。
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2014年03月28日

23歳で迎えた声変わり

たぶん私に初めて会った人は誰もがこう思うでしょう。
「こいつの声どうなっているんだよwwww」

遠い昔からこの特徴的な声で生きてきたわけですが、最近異変が起きています。ここ1年くらいで声が急速に低くなりました。つい先日まるきゅうの人たちと合う機会があったのですが、3〜4年ほど前から私のことを知っている人たちも、以前(つまり大学2・3年の頃)と声が違うと言っていました。また、冬学期の最後に高校時代の友人に会ったのですが、その際にも高校時代と声が変わったと言われました。

たまに訊かれるので書いておきますと、一応私は中学生の頃に声変わりを迎えています。とは言っても一般的な男性ほど大きな変化はしなかったです。ただ、両親による数少ない録音資料によれば、幼少期は耳を突き刺すような高音を発していたようですが、変声期を経て多少マイルドな高音になったようです。

そして、多くの人から指摘されているのは、私の声は高音と低音の二重音声から成っているということです。たぶん私に会ったことない人は何言っているんだという感じでしょうが、私をよく知っている人は分かると思います。ちなみにこの特性は変声期以降現れました。

甲高いことが第一印象な私の声ですが、以前から状況によって声の高さが変化することはありました。例えば寝起きは声が低いですし、あとなぜか英語を話すときに声が低くなることが指摘されています。ちなみに私が自覚している範囲では、英語を話すときに声が低くなるというのは大学1・2年の頃にはなく、大学院に入った頃からだと思います。自分で考えているのは、フォーマルな場面とカジュアルな場面で声の使い方が違うからだという理由で、多くの人でも当てはまることですが、私の場合それが極端に現れているのだと思います。

さて、大学院の授業は輪講やディスカッションが多く、授業中に発言する機会が多いのですが、半年ほど前からいよいよ声の変化を強く自覚するようになりました。大学4年くらいの頃から兆候はあったのですが、フォーマルな場面では低い声で一貫して話すようになりました。

というか、ここ1年くらいで以前より低音が出しやすくなり、かつ高音が出しにくくなった気がします。以前はデフォルトで高音なところにたまに低音が混じるといった感じですが、むしろ低音がデフォルトになりつつあります。例えて言うなら、テニスのラケットにはスイートスポットと呼ばれるものがありますが、かつて自分の声帯の高音領域にスイートスポットがあったのに対し、それが低音にシフトしたようなのです。

いろいろ気になったので、とりあえずGoogleに「声変わり」とか「変声期」とか放り込んでみたら、いろいろと今の自分に当てはまる気がする記述が見られます。変声期を迎えて声帯が急激に変化することで、発声の仕方も変化する。確かに、最近の自分は以前と発声の仕方が以前と違うというか、以前はどちらかといえば喉で声を出していたのですが、最近は腹から出しているような感じです。そして、ネットのどこかには25歳で変声期を迎えたとかいう記録もありました。

そうか、私はなんと23歳になって変声期を迎えたのか。私は自分の声に対して少なからぬコンプレックスと不自由さを感じているので、普通の声を出せるようになったのは幸せなことじゃないか!最近では、自分の声に以前にはない自信を持てるようになりました。


さて、めでたしめでたしといったところですが、この話をまるきゅうの人たちにしたところ、この年齢で声変わりは考えにくいと言われました。むしろ、声帯にポリープか何かができたのではないかと思ったと言われ、病院に行くように言われました。

普通の声が出せるようになって幸せな気分だったわけですが、こんなことを言われると途端に不安になってきました。確かに冷静に考えてこの年齢で突然声変わりするのは考えにくい。というか、まともな声が出せるようになったと言えばとてもポジティブですが、つい最近まで出せていた音域が突然出しにくくなったと言うと気になります。

しかも、低音になったのはいいものの、どうもこの声は自分にとって一番出しやすい声ではないようで、以前ほど長時間連続で話せなくなりました。声が枯れやすくなったのです。そして、あの以前の特徴的な高音はむしろ意識しないと出せなくなり、かつあの高音で辺り一帯に響き渡る大声を出せなくなりました。

またまた気になってGoogle検索にいろいろな語句を放り込んだところ、どうも声帯にできるポリープやペンだこのようなものである声帯結節といったものが存在するらしく、症状としては発声時に違和感が生じたり、高音が出しづらくなるそうです。これは、今の自分に当てはまるといえば当てはまる... そして、検索を進めていくと「喉頭がん」などという恐ろしいキーワードが出てきます。こちらは年配の人がなりやすいそうですが、症状として何ヶ月も続く声枯れがあるそうです。

さて、純粋に喜んでいられる事態ではなくなってきたので、近いうちに病院に検査しに行こうと思っています。ちなみに受診科は耳鼻科のようです。

ここ1年の急速な声の変化の要因として考えられるものは、現時点では以下の通りです。
(a) 10年近く遅れてやってきた変声期
(b) 声帯自体は変化していないが、何らかの要因で発声法が大きく変わった
(c) 声帯に何らかの異常が生じている

悪性腫瘍でも見つかったら悲惨すぎるので、その時はそっとしておいてほしいのですが、そういう悲惨な状況でなければ病院の診断結果をまた書きます。がんではない限り、声帯結節などは特に健康に被害があるわけではないようです。
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2014年03月04日

学生同人誌即売会UNIKET

さて、ずいぶん長いこと休止状態だったこのブログですが、久しぶりに記事を書こうと思います。

3月2日、大学生による学生同人誌即売会UNIKETが開催されました。UNIKETは、大学や専門学校の学園祭で同人誌即売会を開催している以下の団体が合同で運営している即売会です。
 ・東京大学「コミックアカデミー」
 ・早稲田大学「ワセケット」
 ・電気通信大学「UEComic!」
 ・ヒューマンアカデミー「BAxBAコミ」

UNIKETは2011年に発足し、団体間の交流やノウハウの共有を行ってきました。発足当初から、いつか複数大学合同で大学の外で即売会を開催したいと夢見ていたわけですが、ついに今回実現に至ったわけです。


UNIKET会場
(写真はクリックで拡大、以下同様)


今回、私は昔UNIKETに関わっていた元コミアカスタッフということで一般来場しました。開催のためにいくらか寄付したということもあって、カタログのスペシャルサンクスに名前を載せていただきました。

会場は都内浅草橋の東京卸商センターの一部屋。もともと60スペースを募集していましたが、最終的には29サークルが集まりました。あまり大きな部屋ではありませんでしたが、窓の外には隅田川が見え、よい景色でした。


UNIKET会場


参加サークルは、東大、早稲田、電通大の方によるものが多かったですが、一方で他大学在籍の方や高校生によるサークルもありました。私が見かけた中で最年少だったのが、自分の描いたポストカードやフリーペーパーを頒布している高校1年生の方でした。

ジャンルはサークルによって多種多彩で、作品の形態も同人誌だけでなく、ポストカードや缶バッジ、消しゴム、音楽CDなどがありました。また、学園祭と違って大学による制限を受けないため、18禁の作品もいくつか頒布されていました。大学の外で開催しているため、より自由度は上がります。

いくつか写真を
 ・ドット絵風の消しゴム、キャラクターは古明地さとり(写真
 ・UNIKETオリジナルキャラクターのポストカード(写真
 ・ハイクオリティなポストカード(写真
 ・その他同人誌(一番上にあるのが今回のカタログ)


UNIKET 同人誌


コミケや例大祭などの大規模なイベントと違ってほとんど混雑していなかったため、サークル参加している方とゆっくり話をすることができました。また、途中にはUNIKETスタッフによる参加サークルに対するインタービューもありました。「昔描いた作品で右手と左手を逆にする初歩的なミスを犯してしまった」とのサークルに対して「大丈夫です、古代エジプトの壁画では王様の手は両方右手だった」との返しには感動しました。

さて、即売会自体は12:00〜15:00開催だったのですが、その後はアフターイベントとしてじゃんけん大会がありました。景品は一般的なアニメ作品のポスターの他、UNIKETによるオリジナルクリアファイルもありました。司会は田村ゆかりと水樹奈々の大ファンの二人で、それぞれはっぴを着ていました。かなり盛り上がりました。


UNIKET じゃんけん大会



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今回のUNIKETは、小規模ながらもサークル参加している層が多彩で面白かったです。UNIKETを運営しているスタッフはそれぞれの大学の即売会のスタッフなわけですが、大学の枠を越えてスタッフ同士が仲が良さそうなのも印象的でした。

個人的には、今後もぜひ続けていってほしいイベントだと思います。即売会が開かれていない大学の学生や高校生にとっては、コミケなどの一般の同人誌即売会よりもハードルが低く、かつクリエイター同士が交流しやすい魅力的な空間だからです。

課題としては、サークル参加者というよりは一般来場者を今後どう集めていくかだと思います。各大学で開催されている即売会はかなりの来場者で賑わいますが、これは学園祭の集客力によるところが大きいです。今後、各大学のサブカル界での認知度を高め、結びつきを強めていく必要がありそうです。


追記: 2年以上昔のものになるのですが、このブログの関連する過去記事へのリンクをコメント欄にまとめておきます
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2013年04月28日

ニコニコ超会議2

本日は、幕張メッセにて開催されたニコニコ超会議に行ってきました。
何枚か写真を撮ってきたので、まとめてみようと思います。
(写真はクリックで拡大)


ニコニコ超会議


幕張メッセの内部は、コミケの会場である東京ビッグサイトの内部によく似ています。今回のイベントは、イメージとしてはコミケの企業ブースに近いと言えますが、コミケに比べスペースがゆったり取られています。さまざまな企業が出展していました。


ニコニコ超会議


コミケの企業ブースが物品の販売が主なのに対し、ここでは展示が多かったです。ライブを行う特設ステージが何ヵ所かに設置されていた他、ニコニコ動画上での生放送を行っているブースもところどころありました。ライブでは、ステージ上のパフォーマンスに対して観客が声援を送っているのですが、中にはステージと観客が一体となって踊る企画もありました。

ジャンルとしては、VOCALOID(特に初音ミク)が多かったです。
ミクの等身大フィギュアがリアルでした。


ニコニコ超会議


下は、会場内に何台か展示されていた、いわゆる痛車の写真。


ニコニコ超会議


その他、痛チャリ(写真)や痛バイクなどもありました。
あと、VOCALOID痛車に音楽ゲームのDIVAを搭載するという面白い試みもありました。(写真

VOCALOID以外では、東方やアイドルマスターがいくつかありました。やっぱりこの3つはニコニコ動画の中心的な勢力ですね。

一方で、メカ、政治、軍事、将棋・囲碁といった、コミケではあまり見られないジャンルもありました。政治の分野では、自民党、民主党、日本維新の会、共産党が出展し、政治について語っていました。政治家にとって、ネット上も重要な活動の場になってきているのかもしれません。

それにしても、共産党はネタを詰め込み過ぎなような...


ニコニコ超会議


技巧を凝らした工作やメカの展示もいくつかありました。中には、工作を体験できるコーナーもありました。下の写真は、レゴで作られた大規模サーキット。工場のように多くの種類の装置が動きながら、流れてくるボールを次々に運んでいました。


ニコニコ超会議


将棋では、最近話題になったプロ棋士とコンピュータソフトの戦いである電王戦が取り上げられていました。私は観ていませんが、プロ棋士5人と5種類のコンピュータソフトの団体戦は、ニコニコ動画で生放送されていたんですね。


普段ニコニコ動画はほとんど観ていないのですが、今回のイベントはとても楽しかったです。誰かがTwitter上で言っていたことなのですが、コミケと違い、買い物をしなくても楽しめるというのがよいです。そして、ニコニコ動画が思っていた以上に多彩なジャンルをもっていることが分かりました。また行ってみたいですね。
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2012年12月10日

駒場祭まとめ

このブログもずいぶんと凍結気味だったのですが、生存確認も兼ねて駒場祭についてまとめてみます。主にコミアカとまるきゅうに焦点を当ててみます。
(写真はクリックで拡大します)


■コミアカ ― 同人入門講座
今回は駒場祭2日目と3日目に即売会が開かれました。1日目はと言うと、同じ会場で「同人入門講座」が開催されました。これは、今回初の試みで、イラスト・漫画・ゲーム制作など各分野から人を招き、初心者向けの講座を行うものです。1限から5限と5つの講座が開かれたのですが、予想以上ににぎわいました。

3限はノンリニアからは現部長のwleaf氏にゲーム制作に関する講演をしていただきました。初心者に優しく、かつ時にブラックユーモアも垣間見える面白い講演でした。
(写真)

そして、4限はJH科学氏による講演。東京大学大学院のOBで、壁サークルレベルの同人作家の方です。未来の街並みを描いた絵の数々は、緻密なディティールで壮大な世界観が表現されています。

どんな方なのだろうと期待していたのですが、講演は想像を絶するものでした。中学生時代から超能力や超常現象に強い関心があったらしく、自宅に実験装置を作るほどだったそうです。スライドでは、自作の実験装置や超常現象を扱ったテレビ番組、米軍基地にまつわる噂、ツインテールのエネルギー準位を物理学の大学教授風に論じたものなど、常識を超えたものが次々と現れました。




超自然現象への強い関心から、その世界観を表現する手段の一つとして絵を描き始めたようです。イラストを制作するだけでなく、「電磁波を脳に送るため」のヘッドホンを自作してみたりと多肢にわたって活動をしています。

結局、壮大すぎて創作に生かせるような技法などが語られることはなかったのですが、大いに感動しました。同人をやっているとどうしても自分の作品の人気というものが気になってしまうものですが、流行や人の好みに流されることなく、ただひたすらに自分の好きなことを突き詰めるという姿勢には圧倒されました。作品が醸し出す世界観の背景が分かったように思います。


■コミアカ ― 即売会
今回はよい教室に恵まれたので、広々としたスペースで即売会を開催することが出来ました。約30スペースほどあり、個人の作家や学内サークルが参加しました。過去のコミアカを考えながら参加サークルの一覧を見ていると、そろそろ参加サークルも固定されてきているようにも思えます。

そして、私は1日目には個人サークル「Sterling Silver」としてサークル参加しました!場所としては、コミケで言うお誕生日席のような配置で、隣はまるきゅうProjectでした。売り子をやりながら、隣にいるまるきゅうの人と話ができてよかったです。

頒布物は、過去の例大祭で頒布した東方関連のグッズと、今回のコミアカのために制作されたゲンシュンポテト本でした。これはコミアカスタッフのてつかく氏とともに、一人一編の小説を収録したものです。それぞれのシナリオについては... かつてTwitterでさんざん書いたのでここではやめておきます。わりとくだらないことをやりましたが、小説というものは初めて書いたので、面白い体験でした。かなり妄想爆発気味な作品に仕上がりました。


■コミアカ ― コスプレ広場
さて、これまでコミアカでは一般の同人イベントのようにコスプレ広場が即売会と併設されていましたが、今回は即売会終了後に机を片付け、同じ会場でコスプレ広場を開催しました。前回までは終日広場を開催していたのですが、一部の時間帯以外は閑散としていたので、時間を限定して開催しようという試みです。

1日目は2時間、2日目はわずか1時間の開催でしたが、その分密度が高かったと思います。相変わらずコスプレイヤーはまるきゅうの人が大半なのですが、学外からのレイヤーさんも何人かいました。2日目のコスプレ広場開催の時間帯は、ちょうどまるきゅうがフィナーレに出ていたので、広場の方は閑散としてどうなることかと思いましたが、少ないながらも逆にそれ以外のレイヤーさんをじっくり見られてそれもそれでよかったです。

今回も、集合写真の撮影会が行われました。
(掲載は許可をとっています)




あと、個人的に武装風紀委員がかっこよかったのです。いいアングルから写真が撮れました。(写真


■まるきゅうProject
今回は1日目と3日目を観に行きました。一眼レフカメラをもっているので、まるきゅうの腕章をつけて写真係をやっていました。




観客席から見ていて、観客と一体となったわくわくする公演でした。そして、かわいいキャラたちがたくさんいる中で、異色な人物が登場するのはいつものお決まり。今回はペプシマンが傑作でした。
霊夢にコーラを押し付けるペプシマンの写真

今回思ったのは、過去何回かの中ではダンスのクオリティが高いこと、そして古くからまるきゅうにいた人が輝いていたということです。もちろん、新しい人も素晴らしいパフォーマンスを見せてくれていましたが、昔からずっといた人のダンスがどれも磨きがかかっていて、かつ表情がとても生き生きしていると感じました。身内では自分のことを「老害」と呼ぶことが流行ったりもしましたが、今も残っている人は輝きをもっていると思います。




公演の他にも、今回で3回目となる喫茶店が開かれました。部屋は少し狭めでしたが、内装は本格的でした。壁の絵と装飾のクオリティが素晴らしかったです。(装飾の様子

お菓子は、少し驚くほど豪華なボリュームでした。身内ではないさまざまな客層に対して、コスプレをしたまるきゅうの人々が楽しそうにお話ししていて、いい空間だなと思いました。私は奥にあったござでくつろいでました。


■まとめ
学園祭では、素晴らしいものをたくさん見ることができました。最近では、以前に比べ学内サークルとの関わりが薄れていたのですが、改めて活力をもらった気がします。あと、過去にも何回か学園祭のまとめをブログに書いてきましたが、今回は学園祭では初めて一眼レフカメラを用いているので、いい写真が撮れたと思います。

まるきゅうではもう踊らない身となった私としては、少し寂しさも感じましたが、最前列でたくさん写真を撮ったり、全力で合いの手を入れたりできたので、そういう形でも関わり続けられたらなぁと思います。
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2012年05月31日

五月祭まとめ

さて、五月中に五月祭のまとめを書いておこうと思います。今回はコミアカを中心に見ていきます。

今回の五月祭でコミックアカデミーは4回目の開催となりました。場所は一年前の五月祭と同じ、工学部14号館1階。参加サークル数は、1日目の土曜日が28サークル、2日目の日曜日が33サークル参加しました(両日参加は21サークル)。もちろん、今回初めて参加してくださったサークルもありますが、一方で毎度おなじみのサークルもいくつもあります。コミアカも、そろそろ学内行事として定着してきたころだと思います。

来場者数は、1日目・2日目ともに1000人を超える大盛況でした。即売会会場の外に設けられたコスプレ広場は、午前中などは閑散としていましたが、14:30の集合写真撮影の時間になると、スペースに収まりきらないくらいのコスプレイヤーやカメラマンであふれました。特に二日目は、コスプレイヤーが30〜40人ほど、カメラマンが30人ほど集まる予想外の光景でした。コスプレイヤーはまるきゅう内の人が多いのですが、それ以外にもクオリティの高いコスプレをしている人がちらほらいました。

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以下、コミアカに参加していたサークルや頒布されていた作品の写真を載せていきます。全体的には同人誌の形のものが一番多く頒布されていたにも関わらず、写真がそれ以外に偏っているのはきっと私の趣味でしょう。(写真はクリックで拡大)

■寒紅造形部
コミアカスタッフ、桜さんのサークル。初回コミアカでユータス君総受け本を頒布し話題を呼びました。フィギュアの制作も行っており、何点か作品が展示されました。Twitterで増殖中の『┌(┌ ^o^)┐ホモォ…』の姿も。


五月祭 コミックアカデミー


■日和見歯車
まるきゅうやニコ研に所属するaqua氏の個人サークル。ドット絵をもとにしたアイロンビーズを制作しています。特に右側の特大サイズの幽々子様はすごいです。


五月祭 コミックアカデミー


■東方三角尺~Perfect Triangle scale.
展示物が印象的でした。永遠亭の模型です。


五月祭 コミックアカデミー


■ナマハミルトニアン!
コミアカ創設者はむ氏の個人サークル。素粒子擬人化本などを出しています。こういうのを見ていると、コミックアカデミーの「アカデミー」の部分が伝わってきますね。


五月祭 コミックアカデミー


当日のサークルの様子を見ていきましたが、頒布された作品についても。


五月祭 コミックアカデミー


左から順に、コミアカの公式カタログ・情報誌のこみあ力(←「こみあぢから」と読みます)、コミアカ公式の合同誌、そして右端がまるきゅうProjectが出している合同誌です。

コミアカは初回からサークルカットの一覧が掲載されたカタログを頒布しています。一般的な同人即売会を見習ってなのですが、コミアカはサークル参加数が膨大なわけではなく、これまでカタログは内容が薄くなってしまいがちでした。しかし、今回になってカタログ部分に加え、コミアカに関する様々な記事が盛り込まれ、飛躍的な進化を遂げました。

コミアカの合同誌は、さまざまなイラスト・漫画・小説からなるごった煮partと、学術的な内容や評論を扱った学術partの二部構成になっています。今回はコミアカ内でスタッフを動員して書いた学内サブカルサークル紹介と、Ralf氏による学内サブカルサークル批評と、同様の分野に関して二つの記事があります。同じ対象についても視点が異なっており、学内のサークル情勢について知りたい人には面白いと思います。

そして、今回で3回目となるまるきゅう合同誌。私も1ページだけ参加させていただきました。参加する際、前々回のように漫画を描く余裕はない、だけれども一枚絵だけでも物足りない、ということで射命丸文の発行する「文々。」新聞を模したものを作ってみました。

また、まるきゅうのスペースでは、私が制作した3種類のまるきゅう缶バッジも頒布されました。順調に売れたようでよかったです。


五月祭 コミックアカデミー


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私はコミアカ02からスタッフとして関わってきました。時には大変なこともあるのですが、4回目の開催ということで、そろそろ安定してきた頃かと思います。初回は全員院生によって運営されていた駒場祭としては特殊な企画でしたが、徐々に新しい人が入ってきて、当初よりは若返りました。

回数を重ねる中で合同誌やコスプレ広場など企画も増えていきました。今後これらの企画が続いていくのか、そしてさらに新しい何かが登場するのかは気になるところです。(ここらへんの詳しい経緯は実は私が前述のこみあ力に執筆していたり)

いずれにしても、来場者のみなさん、サークル参加してくださったみなさん、スタッフのみなさん、いろいろありがとうございました!次回以降もよろしくお願いします!
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2012年05月29日

第9回例大祭まとめ

五月の後半は5/19・20(土・日)に五月祭、その一週間後の5/27(日)に例大祭があり、なかなかの過密スケジュールでした。時系列的には五月祭のまとめを先に書くべきでしょうが、ひとまず例大祭についてのまとめです。

今回私は例大祭にサークル参加しました!個人サークル「Sterling Silver」で缶バッジ、マグネット、スペルカードなどのグッズを頒布していました。スペースはぬ18b。このブログでも告知した方がよかったのかもしれませんが、主にtwitterの方での告知でした。(かなり前から表示名で宣伝)

例大祭は去年もサークル参加したのですが、前回は漫画を一冊描いたのに対し、今回はデザインに重きを置いてみました。てか、漫画は前回で挫折したorz


例大祭 Sterling Silver


サークルのスペースの様子はこんな感じ。ちょっと地味だったかもしれません。今回はノンリニア・コミアカで一緒のsourmilk君が売り子を手伝ってくれたのですが、普段は主にアレンジ音楽CDを買い、あまりグッズ島は回らない彼の感想によれば、なんでグッズ島はこんなに高層化しているのかと。言われてみれば、音楽CDのサークルは普通に何枚分か積むだけなのに対し、周りのグッズ系のサークルは高さのある棚など、装飾にこだわった所が多いかもしれません。

せっかくなので、頒布したグッズを見ていきましょう。
(写真はクリックで拡大)

■キャラクター缶バッジ
今回はフラン、てゐ、諏訪子の3種類を作ってみました。直径は57mmと少し大きめ。頒布価格は100円でした。3人の中では、諏訪子が一番人気がありました。


例大祭 Sterling Silver


■マグネットセット
缶バッジと同じ業者でマグネットも作れます。星蓮船に現れるUFOをモチーフにした3点セットと、八雲一家をモチーフにした3点セットの2種類のセットを制作。頒布価格は1セット200円でした。


例大祭 Sterling Silver


■スペルカード
これは他ではなかなか見かけないグッズだと思います。半透明のプラスチック製のカードに、自機キャラが使うスペルカードを表現してみました。名刺印刷業者に印刷してもらいました。頒布価格は1枚100円、あるいは5種類セットで300円。

写真では、サイズの比較のためにe-amusement passを並べてみました。あまりお世話にならないよという方は、学生証なり免許証なりに置き換えて考えてください。

今回頒布したグッズの中では一番人気がありました。


例大祭 Sterling Silver



例大祭 Sterling Silver


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売れ行きの方は... う〜ん、ちょっと微妙ですね。それでも、前回よりは自分で納得できる作品を作れたと思います。最近絵描いてないなとか、自分は何が作りたいんだろうとか考えることもありましたが、今回の例大祭を通じて少し方向性が見えてきた気もします。グッズは同人誌などと比べればずいぶん手軽に作れますし、かつ絵だけでなく、私のデザインも活かせると思うので、今後もちょくちょく作っていきたいと思います。

まだ何も完売していないので、次何か機会があったらぜひお立ち寄りくださいね。駒場祭で開かれるコミアカ05にサークル参加することを考えていたり。(あくまで予定)
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2012年04月27日

2012年度新歓まとめ

しばらくブログの更新が途絶えてしまいました。
だいぶ遅くなりますが、4月のうちに新歓のまとめを書いておこうと思います。


桜


今年は、私はコミアカの新歓に関わっていました。ノンリニアも新歓に力を入れていましたが、残念ながら当日は私はあまり関われませんでした。まるきゅうもコミアカと同じ部屋で新歓をやっていました。今回は、まるきゅうでの勧誘活動には参加していませんが、いろいろ観察していました。

新歓の準備は3月から始まります。看板を立てたり、ビラを印刷したり。新入生には、あらゆるサークルのビラが入った「ビラ詰め袋」なるものが渡されるのですが、これは新歓を行うサークルが自分たちのビラを入れることと引き換えに労働力を拠出し、人海戦術で流れ作業的にビラを入れていきます。舞台裏の様子が気になる方は、流れ作業が始まる直前のこちらの写真をどうぞ。私はおととしと今年の2回参加しましたが、なかなかハードな作業です。

看板はいろいろなサークルのものが立っていますが、4月初頭の暴風雨で大きな被害を受けたものもあり、なかなか大変でした。けれど、やっぱり自分のサークルの看板が立っているのをみると嬉しいものです。ノンリニアは2007年末に設立されたサークルですが、今年が初看板でした。

各サークルが新入生に説明を行う場であるサークルオリは4月5・6日の二日間にわたって行われました。コミアカやまるきゅうが割り当てられた部屋はこんな感じ。写真は部屋の入口に作られた看板です。


サブカル部屋


なかなか濃密な部屋でした。興味をもって入ってくる新入生もいれば、少し中の様子を見て引き返していく人もいました。

ノンリニアは例年、このようなサブカル部屋に入れられるのですが、今回はゲーム制作ということで、ものづくり系の部屋に配置されました。広い部屋で、ゲーム制作つながりでノンリニアと交流のあったUTMC(マイコンクラブ)やTSG(理論科学グループ)と一緒になりました。一方で無線やメカなど、全体的に工学工学した感じの部屋で、ノンリニアだけ浮いている気もしました。

コミアカは当初、あまり新入生が訪れず、なかなか厳しい状況でした。まるきゅうは新入生の間でも有名で、かつ見た目も華やかなのでちょくちょく人が訪れていましたが、コミアカはいかんせん伝わりづらい。しかし、中には部屋に入ってコミアカに直行してくる人もいました。結局二日間で十数人話を聞きにきました。(写真

サークルオリに関しては、まるきゅうが20人以上、ノンリニアは具体的な数は忘れてしまいましたが、もっと来ていました。

コミアカやノンリニアではサークルオリの他に説明会を行いました。コミアカは現時点では5人の新入スタッフが入りました。今後増えるかもしれません。

ノンリニアはおよそ30人程度の新入生。ノンリニアも10人程度しか部員がいなかった最初の年の新歓ではほとんど人が入らなかったという歴史もありますが、2010年度・2011年度・2012年度で入る人数が安定してきました。ようやく、設立してから4年半になります。

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上級生として関わる新歓活動は今回で3回目。サブカルサークル界はめまぐるしく変化していき、そして自分の立場も変わっていくので、毎度異なったものが見えます。今年感じたのは、自分が所属していないサークルとの接点も増えたな、と。まるきゅう、ニコ研、デュエル部、幻想郷は重なりが多いので、知り合いがちょくちょくいます。

運動系のサークルと違い、サブカルサークルは激しい勧誘はしませんが、あの部屋にいるといろいろ楽しかったです。ゆるい一体感と言ったところでしょうか。

最後に、サブカルサークルについてもっと知りたいという方。興味深いTwitterアカウントがあるので、フォローしてみるとよいでしょう。観察と考察に満ちています。
@eternalwindow
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